がんピアサポーター
月に 1 回から 2 回の割合で、県内のがん診療連携拠点病院にて、ピアサポーターの有償ボランティアをしています。
まさか自分が入院・手術・抗がん剤・放射線治療でお世話になった病院で活動できるとは夢にも思いませんでした。
あの時の自分は自分しか見えていませんでした。
待合室で待つ間、抗がん剤治療を受けるにも、薬ができるまでの長い時間、心の持っていきようのなさ。体の辛さ。
あの時、同じ境遇で同じ体験をして、話を聞いてくれる人がいてくれたらと何度思ったことか。
夜になると不安がおそってきて恐ろしくなり、なぜかネットでトリプルネガティブ乳がんで検索すると悪い情報しか目に入ってきませんでした。
がんになると違うんです。本当に同じ時間を生きているはずなのに、違う時間軸を歩いているのです。だから仲間が必要なんです。
今は、体からがんが離れています理論的には。
気持ちも気力も充実してきて(体力は別問題)、がん患者だったんだなぁと振り返ることができます。
ただ、物理的にはわかりません。
画像に写らなかった微小ながん細胞が体内のどこかにいるかもしれません。
私は乳がんです。タイプはトリプルネガティブです。
でも反対側にもしもがんが見つかったら、ホルモン陽性かもしれません。
全く別物なんです。再発でも転移でもないのです。
乳がんって長いお付き合いなんです。
ピアサポ活動するときに大事なことは、たとえ今、がんが身近なものでなくても、あの時の気持ちを覚えていること。忘れないことです。
でないと、ピア(対等)ではいられなくなるのです。
骨折の診察と手首のリハビリパート2
昨年10月15日に骨折してから、今日で4ヶ月と7日が経過しました。
だいぶ手首が自由になってきました(^_-)-☆。
まだ、パソコンのキーボードやマウスを操作するときに、手首が引っかかるというんですが、ちょっと無理に水平にさせているような感覚ですが、昨年までとは全然違います。
今年から1か月に1回の経過観察ですが、だいぶ骨がくっついてきました。
うっすらとまだ折れた部分が見えますが、次回4月の診察で、ボルトを取る計画を立てることになりました。
また次回の診察前に、骨密度をはかる予約を取ってきました。
手首のリハビリパート2
1/7 背中に手を回せるようになるが、五本指全体で背中に手のひらが当たるまでにはいかず。相変わらず小指周辺が痛い。
1/17 肩に指先を付けることがまだできずにいる。背中に手のひらを当てることもまだできず。
1/20 肘をしめて、手のひらをパーの状態で上に向けることができる。逆に手の甲を上に向けると小指の感覚がなく、5本指をピーンと張った状態にできない。
2/2 パートの仕事開始 6時間パソコン作業 翌日手首が痛く、まただるくなる。
2/4 お風呂の中では肩に指先を付けることができる。また背中に手のひらを当てることもできる。お風呂から出るとまたつかなくなる。手首固いなぁ。
2/22 手のひらと手の甲に向ける動作はだいぶ良くなった。手首を前と後ろに倒すことにもう少し時間をかけること。
本当に徐々に手首が自由になってきました。また常に手枷(てかせ)を付けられているよな重たい感覚がなくなってきました。
52歳のいろいろ
52歳 人生いろいろ......。
古村比呂さん、子宮頚がん再々初を公表。
先日、「科捜研の女」に出演されていました。
2月4日の世界対がんデー、ネクストリボン「がんとの共生社会を目指して」では、そのことを話されたと言いますが、一般人だって公表するのには勇気がいります。
癌晴れ(がんばれ)、癌晴ろう(がんばろう)。そしてとても癌晴って(がんばって)いますね。
有賀さつきさん、お父様が亡くなったことを公表されました。
病名は伏せられています。でも、それでいいと思います。
真に強い女性はやはり美しいです。
キラキラした1988年入社組の一人でしたね。本当にあの頃はキラキラしていましたね。
田舎から上京するような状態でフジサンケイグループの某社で働いていた私には、まぶしかったです。
謹んでお悔やみ申し上げます。
先の未来の不安より、過去を後悔するより「今を生きる」。
大事なことを二人の美しい52歳の女性が教えてくれました。
乳がん検診
早いもので、乳がん術後6年検診を受けてきました。
レントゲン、エコー、血液検査。すべて異常なし。ヽ(^o^)丿
母も3年検診。マンモグラフィー、エコー、血液検査。すべて問題なし。\(^o^)/
私と母の検診での大きな違いはマンモがあるかないか。
多発性繊維線種(良性のしこり)が多いと、マンモはがんが発見しずらいそうです。
なので、私はエコーで画像診断を受けます。
6年も経てば通常、外の乳腺クリックなどに転院する、あるいはたとえ術後1年でも安定していれば外に出されます。
家族全員が乳がんを罹患しているため、遺伝性の問題もあり、現在もフォローしていただいています。ありがたいです。
でも乳がんだけでなく、卵巣がん(HBOC)やすい臓がんなどのリスクもあるので、卵巣エコーを毎年受けています。
特定健康診査では簡単な大腸がん検診も受けています。これも遺伝性の問題ありますね。
甲状腺がんの検査も受けなきゃなぁ。のどは前から腫れているのですよ。
悪性を示すものではなく甲状腺機能低下症(橋本病)が原因。
リアルにがんが自分とは切っても切れない関係なんだなぁと思ったりします。
でもそれに支配されない、笑って生きていける自分作りを大切にしています。
手首のリハビリ
骨折した手首のリハビリ記録です。
11/6 ギブス外れる。シャワーヘッドをつかむことできず。
11/7 パソコン操作。マウス・キーボードとも手の甲を上にして安定した姿勢を保てず、特に小指側の手首がズキズキとうずく。
11/8 字を書く。小さな字でもとりあえず書けるようになる。
11/9 包丁。ジャガイモやキャベツは切れても、にんじんは切れない。
11/10 シャワーヘッドをある程度の角度まで手首を動かしても持てるようになる。
11/11 鉛筆などが普通に持てるようになる。タオルを完全ではないが、絞れるようになる。
ドライヤーが持てるようになる。車運転する。左手でほぼ運転、右手は添えているだけ。右手で車のキーを回せない。
夜、歯磨き中に右手薬指と小指の間でぴきっという音がして、痛みが出る、
11/12 手の甲に痛み。鉛筆と包丁が痛みで持てなくなる。
11/13 外来受診。痛みの原因が骨なのか筋なのか特定するため、予約なしで飛び込む。
靭帯を塗っているので、手の中で糸が切れたのかもしれない。痛みに対してロキソニンシップ処方される。
リハビリは痛みが強くない程度に継続して来週の外来でもう一度報告する。
11/14 車運転
11/15 包丁を持てるようになる。ただし、柔らかいもののみ
11/16 タオルを少しきつめに絞れるようになる。
11/17 昼過ぎからだるさがきつくなる。明日明後日今年一番の寒さになるという。前兆の痛み?
11/20 診察。全然リハビリができていないと言われる。本腰を入れないとダメ。
11/22 上下左右の動き継続中。車のキーを右手だけで回せるようになる。
整体に行き、腕の治療をしてもらい、右手で左の腋の下から背中に向けて手を回し、触れるようになる。
11/23 右手で背中を書けるように手首を回す練習を開始する。
11/24 背中の後ろで手を組めるようになる。
11/29 その後は進展なし。とにかく右手がだるい。
12/4 外来 レントゲン写真から骨がくっついていないことを確認。リハビリは引き続き継続すること。無理にでも90度まで動かすため、手の甲(小指相変わらず感覚なし)や腕に無理な痛みが出る。シップと痛み止めを大量に処方される。
12/8 手の甲の痛みがぶり返す。ロキソニンシップ貼る。寒くなり、手首の曲げが悪くなる。気がついたらシャワーヘッドは普通に持てるようになっていた。
12/10 寒さが厳しくなり手首の動きが硬くなる。
12/13 金属のボルトがなんとなく飛び出しているような感じがする。
12/14 金属のボルトが熱い。
12/18 肩回しの時に、指先を肩に5本指ともつけられるように頑張る。お風呂で実施。
12/28 年内最後の外来。前後と、手の平を上にするのは、だいぶ良くなってきた。
手の甲を上にして水平を保てるようにするのが課題。小指の感覚なし。痛み強。肘近くまで激痛がくる。痛み止め引き続き服用。
2017年12月の出来事
2017年の漢字
転
転倒して手首骨折した私。
リビングで転倒して、おでこを強打。たんこぶと縦一文字の傷を作った母。
仕事で相変わらずコケている私。
今年の漢字はこの一言に尽きます。
12月9日 妹の命日。
来年は13回忌です。
リハビリで12月に入って早い段階から大掃除をしたので、年末バタバタすることなく穏やかに過ごせました。