家族性乳がん家系 あとから橋本病がついてきた しっかり生きよう優璃の徒然ブログ

2011年6月乳がん告知、2012年3月初期治療が終了。家族性乳がん家系で、トリプルネガティブ。現在は経過観察。日々の出来事などを書いています。

ぶっ壊れていました

実はなんでこんなに放置していたかと言うと、自分がぶっ壊れていたからです。
妹の死後、これが上から順番であれば時間の経過とともに寂しさはありますが、少しずつ気持ちの整理もつきます。
が、末の娘に先に逝かれた母親はまだ一人で出かける気力もなく 「寂しい・・・」 と自由を奪われ、父親は、父親自身は付き合いゴルフで泊りがけや、食事をしてきて午前様になっても、私に対しては野球を観にいけば 「お母さんがどーのこーので、早く帰って来い」 旅に行きたいと言えば 「お母さんはどうなるんだ」 と動きが制約されていました。
となると・・・・・「お母さんがかわいそう、かわいそうで、お父さんは口先だけで勝手なことして私はどーなるのよ。みんな勝手なんだよ。私は悲しくないのかよ」 とプチっと切れてぶっ壊れました。
実は家族ぐるみで面倒をみてもらっている整体の先生から 「みんな大変だろうし、おふくろさんの気持ちもわかるが、(私が)一人で抱え込んで身体が酸欠状態になってるよ。少し親元から離れたほうがいい。おふくろさんも自分から変わらないといけないことを覚えさせなきゃいけない。親父さんも勝手なことを言ってるなら聞き流せ」 とアドバイスされていました。
荒療治ですね。それが今月初旬 4 日か 5 日の頃の話。
以後、母親も父親も少しずつ意識が変わっていきましたが、私はぶっ壊れたまま。意味ねぇ。
仕事では笑顔を見せられても、家ではムッツリ顔をして話も必要最低限しかしなくなりました。
私も今自分を変える時期なんだと思います。暗中模索しています毎日。
インストの仕事は全て断ってます。といっても月に 2 回位しか依頼がこない。金になんねぇ。
1 件別の仕事の話があったのですが 「ちょっとそれ話が違うんじゃない」 で保留にしています。
まだ心身共、休んでいていいんだと自分に言い聞かせてます。
はぁ〜吐いたら楽になった。ゲェ〜〜。