家族性乳がん家系 あとから橋本病がついてきた しっかり生きよう優璃の徒然ブログ

2011年6月乳がん告知、2012年3月初期治療が終了。家族性乳がん家系で、トリプルネガティブ。現在は経過観察。日々の出来事などを書いています。

婦人科検診

年 1 回の婦人科検診です。
子宮筋腫の手術の時にお世話になった県内の国立大学病院
先生に今日ここまで診てもらえるとは思いもしませんでした。

子宮頸がんの細胞診と、エコーによる子宮内部と卵巣の検査。
子宮もそうだけど、卵巣も小さくて、見えないぐらいになっているそうです(*´▽`*)。
異常があれば連絡が来るので、何もなければ、今日で国立大学病院からは卒業です。

来年からは、筋腫の摘出手術でお世話になった女医さん(ここ国立大学病院から独立開業した)に婦人科検診のフォローをしてもらうことになりました。
紹介状書いてもらいましたからよろしくお願いしま~す。
安心して、診てもらうと思います。

ただね、血液検査でシアリルTn抗原(STN)の値が、毎年確実に上がっているのでちょっと気になります。

来年、先生に詳しく聞こう。まぁまだ値は多少基準値をオーバーしているレベル。
調べると『CA125とのコンビネーションで卵巣癌の診断に役立つ』とあるので、CA125は基準値以下だから。

やっぱりしっかり検診受けないといけないなぁと思います。

http://hboc.jp/downloads/pamphlet_ver3.pdf

hboc.jp

 

仕事

今年 2 月から、ある医療機関で受付事務しています。
昨年 10 月に骨折して入院手術、母がそれより前から肺炎で入院中だったので、就活は中断していました。

年が明けても、今年の尋常じゃない寒さにリハビリが進まず、就活は 2 月以降からボチボチやって行こうと決めていました。

そんな状態が一転、なんとパート勤務がすぐ始まりました。
きっかけは、がんに関わる様々なボランティア団体などで、さまざまな医療関係者と知り合ったことがきっかけです。

こんなことがあるんですね。最初は短期だったのですが、事業拡張によりそのまま契約が継続されることになりました。

週 3 日、1 日 6 時間。勤務曜日はシフト制。PC(特にエクセル)に精通していること。ネットに精通していること。
すべての条件が合い、これからもそこでお世話になることになりました。

ということで、がんに罹患して以降、がんと就労は失敗続きでしたが、何とか収まりました。
次は良い出会いを探します。結構本気です。
バツイチになってから、半世紀が過ぎました。
もう一度、幸せ探ししてもいいですよね。

4月の出来事

プロ野球が開幕しましたね。ライオンズが強いです(((o(*゚∀゚*)o)))ワク
なかなか、観戦するのも体力がいるのですが、ほぼ毎年恒例行事となった、日本対がん協会の優待チケットを使い来月から観戦を開始します。
4 月の出来事というかチケットを買ったという出来事でした。

そして、母のアルツハイマー認知症の発症から 3 年。脳の萎縮具合を確認するため MRI を撮りに日赤まで行ってきました。
技師さん「結果が出るのは 1 週間から 10 日ぐらいです」と言っていたのですが、
30 分もしないうちに「梗塞が見つかりました」ヾ(´゚Д゚`;)ゝ エーット・・・
2 つ検査が追加され、その日のお昼過ぎに画像が出来上がり、待たされるだけ待たされて、そのまま診察。
医師「入院する?」
幸いできた場所が良く自覚症状がないため、帰宅することにしました。
後日かかりつけの認知症外来にて、
「3 年という歳月と、肺炎で長期入院した割に、脳の痩せ具合(萎縮具合)は奇跡的に進行していない」
ただ、やはり脳梗塞は急性期(できて1週間ぐらいのモノ)ということで、今は大事を取り、今後は食事コントロール、水分、血圧、血液検査などを行っていくことを確認しました。
今、家は、母と父と厄介なことに、一人身の叔父と 3 人病を抱えています。
私も今年は甲状腺がんの検診と、来月は卵巣エコーや子宮のがん検診があるので、何も出ないことを祈るばかりです。

3月中の出来事

3月1日を最後にブログがストップしていましたね。
この間、いろいろまたありました。

・3月4日 NPO 法人 がん患者団体支援機構主催の公開講習会
「話を聞かない医師 思いが言えない患者」
http://canps.jp/cms/wp-content/uploads/2018/01/20180304.pdf

ピアサポーター養成研修会でお世話になった講師がこの NPO に在籍していました。久しぶりの再会は嬉しいものです。
そして、講習会の内容は、そうか・・・そうなんだと考えさせられることばかり。
同じタイトルの本が出版されているので、お金ためて購入します。何千円もするものではないのですが、簡単に買えないのが現実です。
医師との関わり方を学ぶにはとても良い本ですよ。

・3月10日 乳がんリハビリヨガ
乳腺腫瘍科と患者会主催の勉強会です。体が固いからとか関係なく、呼吸によるヨガだったので頭がとってもすっきりしました。久しぶりに再会した患者会のメンバーでしたが、来月の総会に参加できないので会えてよかったです。

・3月17日 AmazonWiFi中継器 (Repeater) 購入。
仕事部屋にはひかり電話ルータとBuffaloのwifiルーターがあります。
http://canps.jp/cms/wp-content/uploads/2018/01/20180304.pdf

Wi-Fiルーター(無線LAN親機) : WCR-1166DS | BUFFALO バッファロー

でも寝室やリビングではつながりづらかったので、中継器を購入しました。もっと前に導入すればよかったな。

・3月18日 Japan Teddy Bear Festival 2018 in Tokyo
http://www.teddybear.co.jp/event/festa/images/2018t.pdf

恵比寿ガーデンプレイスまで行ってきました。テディベアフェスティバルは有楽町の国際フォーラムに行くことが最近多かったので、久しぶりの恵比寿。
懐かしいという感じがなく、すっかり忘れていましたこの場所とこの雰囲気。
記憶力が低下してます。。トホホ
そして、一体購入して、我が家の子になりました。
アイスカップに入る大きさ(小ささ)で、名前は神子(みこ)ちゃんです。

 

がんピアサポーター

月に 1 回から 2 回の割合で、県内のがん診療連携拠点病院にて、ピアサポーターの有償ボランティアをしています。
まさか自分が入院・手術・抗がん剤放射線治療でお世話になった病院で活動できるとは夢にも思いませんでした。

あの時の自分は自分しか見えていませんでした。
待合室で待つ間、抗がん剤治療を受けるにも、薬ができるまでの長い時間、心の持っていきようのなさ。体の辛さ。
あの時、同じ境遇で同じ体験をして、話を聞いてくれる人がいてくれたらと何度思ったことか。

夜になると不安がおそってきて恐ろしくなり、なぜかネットでトリプルネガティブ乳がんで検索すると悪い情報しか目に入ってきませんでした。
がんになると違うんです。本当に同じ時間を生きているはずなのに、違う時間軸を歩いているのです。だから仲間が必要なんです。

今は、体からがんが離れています理論的には。
気持ちも気力も充実してきて(体力は別問題)、がん患者だったんだなぁと振り返ることができます。

ただ、物理的にはわかりません。
画像に写らなかった微小ながん細胞が体内のどこかにいるかもしれません。

私は乳がんです。タイプはトリプルネガティブです。
でも反対側にもしもがんが見つかったら、ホルモン陽性かもしれません。
全く別物なんです。再発でも転移でもないのです。
乳がんって長いお付き合いなんです。

ピアサポ活動するときに大事なことは、たとえ今、がんが身近なものでなくても、あの時の気持ちを覚えていること。忘れないことです。

でないと、ピア(対等)ではいられなくなるのです。

骨折の診察と手首のリハビリパート2

昨年10月15日に骨折してから、今日で4ヶ月と7日が経過しました。
だいぶ手首が自由になってきました(^_-)-☆。
まだ、パソコンのキーボードやマウスを操作するときに、手首が引っかかるというんですが、ちょっと無理に水平にさせているような感覚ですが、昨年までとは全然違います。

今年から1か月に1回の経過観察ですが、だいぶ骨がくっついてきました。
うっすらとまだ折れた部分が見えますが、次回4月の診察で、ボルトを取る計画を立てることになりました。

また次回の診察前に、骨密度をはかる予約を取ってきました。

 

手首のリハビリパート2

1/7 背中に手を回せるようになるが、五本指全体で背中に手のひらが当たるまでにはいかず。相変わらず小指周辺が痛い。

1/17 肩に指先を付けることがまだできずにいる。背中に手のひらを当てることもまだできず。

1/20 肘をしめて、手のひらをパーの状態で上に向けることができる。逆に手の甲を上に向けると小指の感覚がなく、5本指をピーンと張った状態にできない。

2/2 パートの仕事開始 6時間パソコン作業 翌日手首が痛く、まただるくなる。

2/4 お風呂の中では肩に指先を付けることができる。また背中に手のひらを当てることもできる。お風呂から出るとまたつかなくなる。手首固いなぁ。

2/22 手のひらと手の甲に向ける動作はだいぶ良くなった。手首を前と後ろに倒すことにもう少し時間をかけること。

本当に徐々に手首が自由になってきました。また常に手枷(てかせ)を付けられているよな重たい感覚がなくなってきました。

52歳のいろいろ

52歳 人生いろいろ......。

古村比呂さん、子宮頚がん再々初を公表。
先日、「科捜研の女」に出演されていました。
2月4日の世界対がんデー、ネクストリボン「がんとの共生社会を目指して」では、そのことを話されたと言いますが、一般人だって公表するのには勇気がいります。
癌晴れ(がんばれ)、癌晴ろう(がんばろう)。そしてとても癌晴って(がんばって)いますね。

有賀さつきさん、お父様が亡くなったことを公表されました。
病名は伏せられています。でも、それでいいと思います。
真に強い女性はやはり美しいです。
キラキラした1988年入社組の一人でしたね。本当にあの頃はキラキラしていましたね。

田舎から上京するような状態でフジサンケイグループの某社で働いていた私には、まぶしかったです。
謹んでお悔やみ申し上げます。

先の未来の不安より、過去を後悔するより「今を生きる」。

大事なことを二人の美しい52歳の女性が教えてくれました。