家族性乳がん家系 あとから橋本病がついてきた しっかり生きよう優璃の徒然ブログ

2011年6月乳がん告知、2012年3月初期治療(抗がん剤・手術・放射線治療)が終了。家族性乳がん家系で、サブタイプはトリプルネガティブ。現在経過観察中。卵巣がんの腫瘍マーカーが上がってきているけど落ち込むのは3日。日々楽しく生きることを念頭にいろいろな出来事などを書いています。

だー!更新してなかった

ブログの存在をすっかり、忘れていました。

いろいろあって、日々の生活に追われています。
2月以来止まっていたとは。

でもまぁ見た目元気に生活しています。

2月末はリレー・フォー・ライフ(日本対がん協会の事業)のサミットとキックオフに、はじめて参加してきました。
行った人はみな良かったと言います。そして行ってわかりました。

本当に行って良かったです。
たくさんの仲間ができました。それも都内なのに泊りがけで。

3月には母と私ともに乳がんの術後定期検診クリアしました。
でも先月から私リンパ浮腫になりかけてます。
予防的措置で弾性スリーブや包帯をするようになりました。

同じ3月、がん患者大集会に参加したり、
5月はプロ野球西武ライオンズの応援に行ったり、
6月は日本対がん協会のジャパン・キャンサー・サバイバー・ズディに参加したり、
幼なじみと何年かぶりに再会してランチしたり、
がん治療中の食事について取材を受けたり。

今年はよさこいにチャレンジしてみようと踊り子に応募したりしています。

プライベートはとても充実しています。
仕事も1つを除いてとても充実しています。
もう少し働きたいという思いも生まれてきました。

橋本病になってからは本当に体力に自信がなかったので。今でも仕事終われば電池切れです。でも近場なら何とか働けるようになりました。

頑張って稼がなければ。
働けるって素晴らしいなぁと思います。

がん患者大集会

昨年11月25日に開催されたNPO法人がん患者団体支援機構のがん患者大集会にはじめて参加しました。
その時メモしたものがスマホに残っていたので備忘録。
アンケートとかいろいろランダムに箇条書き
 
 
◆医師は他の医師の診療スタイルを知らない。
◆医師とのコミュニケーション
 6割 よかった
 1割 良くなかった
 ◆患者の取り組み
 医師に気を使う。話しかけるタイミングなど考える。
 ◆コミュニケーション
 電子カルテは他科の記録が見られる。
 患者の状態は横のつながりができている分、医師はそれを見るべき。
 ◆とにかく仕事はやめない
 ◆ピアサポートは支えになるか?
 9割 思う
 1割未満 思わない
 ◆患者が医師を育てる。医師もそれを待っている状態になっている。
 ◆胸腺がん 希少がん
 100人規模の患者さんが集まらないと研究が進まない。
 ◆国会提出 受動喫煙の導入
 反対 100万人(飲食店)
 賛成 36,000人
 ◆がん教育
 がん患者団体 文科省の管轄
 医師 厚労省管轄
 ◆リンパフレッツ
 就労→特にパートなど非正規の支援
 リンパ浮腫のための弾性用品の販売
 非医療の部分の対応をしている
 ◆肺がん患者会ワンステップ
 患者には課題発見能力があると思う。
 セカンドオピニオンをしていいのかわからない。
 だったらするしないで予後がどう変化するのか統計を
   取ってみるといいという活動をしようと思う。
 
いやもう記録するだけで精一杯。いっぱい知識詰め込みました。
でも、今では内容はほぼ記憶の彼方。
でも今年も可能な限り参加したいです。

CancerX Summit 2019

「がんと言われても動揺しない社会へ」

CancerX Summit 2019 | CancerX

昨日、東京ミッドタウン日比谷で開催されたサミットに参加してきました。
リンク先を見ればわかりますが、盛りだくさんな内容に登壇者の豪華な顔ぶれ。
後ほど写真をアップしたいと思いますが、さすがによる9時までいられませんでした。
とにかくすごいとしか言えません。
時間を守らないと後が巻き巻きになるので、セッションによっては「もったいなかったなぁ~、もっとスライド見ながら知りたかったなぁ」と思う時間がありました。

人生80年、年間100万人ががんになる時代。
もう本当に他人ごとではありません。

出川君とウッチャン

審査員の出川君と総合司会のウッチャンがいる紅白歌合戦は楽しかった。
また、ユーミンとサザンなんて最高にボルテージ上がります。

舞台女優になった幼なじみの縁とはいえ、「劇団SHA・LA・LA」まだ無名のころから毎年舞台で彼らの芝居を見ていたひとりとしては感無量です。

がんの妹の終末期、ビデオレターやサイン色紙をくれたウッチャン・ナンチャンは亡くなった妹と写真を撮ってくれました。
ナンチャンとは私自身のがん治療後、日テレ ヒルナンデス!の番組終了後にタレントロビーで写真を撮ってもらいました。それとは別に、まだがんになる前元気だった昔、出川君とSHA・LA・LAの舞台終了後に写真を撮ってもらいました。
本当に昔の人間としては、彼らをほんの少し知っている私としては、楽しい時間が過ごせました。
2019年も大いに活躍してほしいと思うファンの一人です。

2018年が終わります

今年 2018 年はとても気力に満ちた一年でした。
2012 年乳がんの治療後すぐに橋本病になり、どこにかかれば診断がつくのかわからないまま 9か月。
2013 年 1 月やっとテレビの情報番組からこの病気の存在を知り受けた診断はやはり橋本病。
橋本病|甲状腺の病気について|伊藤病院 - 甲状腺疾患専門
出かけることが億劫、考えることが億劫、口がもつれる、体力の低下、記憶力の低下。
常に眠い、
体温が低い、血圧が低い、脱毛が続く、全身が浮腫む、皮膚が乾燥する。
汗がかきづらい、声がかすれる。
肝機能障害、悪玉コレステロール値が高い。便秘、黄疸。
とにかくありとあらゆる症状に悩まされました。
それから 5 年。今年 2018 年は「あっ、なんか違う」
確かに気持ちも前向きになり、そしてそれが仕事につながり 2 月からがん専門リンパ浮腫治療院のパートの仕事に就くことができました。
PC 講師の仕事も連続勤務はまだ無理でも、必ず講師業の翌日はからだを休めないといられなかったのが、翌日も別の仕事を入れられるようになりました。
現在、仕事は 4 つかけもちです。
プライベートでは、忘年会や年末のイルミネーション巡り、ボランティアの打ち上げ等、夜間外出もできるようになりました。
来年は公益財団法人のがん団体の集まりで都内のホテルの1泊で参加してきます。
また、今年 8 月に亡くなった叔父の納骨のために京都に行く予定です。
さらに仙台 楽天のホーム球場に観戦に行くつもりです。
こうやって、年々体が少しずつ元には戻れなくても、今の自分をありのままに受け入れ生きていこうと思います。
ところで、その叔父ですが 2 月の入退院から始まり、肺結核が見つかり都内の公益財団法人結核予防会の病院に転院。生きて元のアパートに戻れる可能性は 0%。結局敗血症で夏に亡くなりました。
家族と別れ、兵庫から関東に引っ越し、ひとりで生きてきましたが、最期はやはり親族でした。
さらに母が肺炎で再入院。私はというと、骨折した手首のボルトを抜く手術で入院と今年は
「病」とそれに伴う「金」の一年でした。
今年もお世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
良いお年をお迎えください。

都内イルミネーション巡り

がんに罹患後、友人たちとはじめてのイルミネーション巡りです。
その友人とは RFL で出会った仲間です。
ここまで、家族が運転する車に乗った状態で都内イルミネーション巡りをしたことはありますが、歩いてイルミネーションを見るのは、実は 2011 年がん罹患後初めてなのです。
がんが原因ではありますがその後の甲状腺機能低下症(橋本病)は、本当に体がしんどくて、プロ野球観戦も声援がうるさい疲れると感じるぐらいでした。

辛い症状から年々、お薬の調整をしながら薄皮をはぐように少しずつ観戦できるようになり、また本当に友人に恵まれていると思いましたが、登山も少しずつ始めるようになりました。

そして今年 2018 年、いろんなところに出かけてみよう、チャレンジしてみようと気力がみなぎるようになりました。

東京駅からスタート

丸の内イルミネーション

東京ミッドタウン日比谷

来年は汐留に行こうかな?表参道に行こうかな?
普通の生活のありがたさをまた知った自分なのでした。